
後進に道を譲り現場を退いた社長が、その後の充実した人生を歩もうとするとき、童話や神話に出てくる年長者の物語に多くの示唆が得られます。
ユング派精神分析医のアラン・B・チネンは『成熟のための心理童話』(早川書房1996)の中で、人生の後半を価値あるものにする知恵を読み解き、人生後半の8つの課題を解説します。
1 喪失の現実を受容
苦痛であっても健康、友人、財産、権力などの喪失を受け入れることで、古い習慣を打ち破り、予想外の発達への道が拓ける。そのプロセスで無意識に入り込み、若い頃は耐えがたかった心理的な課題と取り組むこと。年齢と経験が昔の恐怖に対決する新たな力を与えてくれる。
2 自己対決と自己改革
年をとることへの屈辱に対する怒り、喪失から立ち直れない絶望、人生にさらに多くを望む欲望などの人間性の暗い面、自分自身のシャドウと対決すること。
3 知恵の創造
自己対決とは悪を理解することであり、それによって心理的な洞察に基づいた、説得力があり、現実社会に応用できる知恵が生まれる。それは若いことの執着から距離を置き、人間性の理解からくる深い洞察に基づくもので、強力な敵から自分を守り、後半の人生のストレスに適応させてくれるものになる。
4 自己超越
若者を支配している個人的野心や夢から自由になること。前半の人生の焦点は自己を確立することだが、後半の人生は苦労して手に入れた自己を捨てることにある。これまで得た力、忍耐力、知恵で、個人を超えた願望に取り組み、より高次元の自我、社会、神が自我にとって代わる。
5 社会的規範からの解放
子供時代の無垢な自然さを取り戻し、成熟した判断力と結びつく。魂の自然の声に耳を傾け、ありのままに自分の人生を肯定することができる。
6 解放された無垢の開花
世界を驚嘆と喚起と共にみることができる。
7 次世代の支援
後半の人生の超越的インスピレーションを受け入れ、それを次世代を助けるために用いる指導者としての役割であり、この世と来世を結ぶものになる。若者が精神的な啓示と人間社会の実際的な需要とのバランスをとる手助けをする。
8 知恵と無垢と実用主義と魔法の統合
老年童話に現れる魔法は肉体的、物質的なだけでなく、心理的、精神的なものである。知恵、無垢、実用主義、魔法の統合により、人生の最後は最初になり、終わりは再生され修復された始まりとなる。
これらの課題を成就することで、チネンはただの「老いた人」でなく成熟した「年長者」となることを提案しています。それは戦いや探究よりは、媒介やコミュニケーションを重視し、剣を振り上げるのではなく、橋を架ける役割です。社会はヒーローと年長者の両方を必要とする、としています。引退後の経営者の理想的な生き方をここに見出すことができるのではないでしょうか。
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